紅殻って知ってますか?

1名無しさん:2000/08/10(木) 16:49
 諏訪の出身です。
 小学校入学前(20数年前)、明け方物音で目が覚めて表を見ると、物置(というか倉)の周りを大人の男の人が何人も取り巻いていました。その後ろに白いワゴン車が止まっていて、わたしはなにか事故でもあって救急車でも来たのかと思い、じっと見ていました。
 暫くして物置の戸が開いて、父と叔父さんが出てきました。白っぽい着物を着た人を両脇から支えていて、その人の顔のあたりが妙に赤いので、一瞬怪我人なのかと思いました。
 しかし、そうではありませんでした。その人は、たしかに姿は人間でしたが、顔は土偶というか、お面みたいで、茹でたエビみたいに真っ赤だったのです。
「おう、今年のベンガラは、なかなかいい出来だ」
 周りの誰かが言いました。
 ベンガラは父と叔父に支えられ車に乗せられました。自力で歩いているようでした。その時には、手も足もむき出しで、やっぱり真っ赤でした。
 父は周りにいた人に深々とお辞儀をし、男たちも礼を返し、そそくさと帰っていきました。
 わたしは、見てはいけないものを見たのだと、本能的に思い、このことは絶対に口外しませんでした。
 それでも、その後、茹でたエビ・カニ、堆朱なんか見るとふとこの出来事を思い出し、いやな気分になったものです。
 先月、叔母が亡くなりました。父とベンガラを運んでいた叔父の奥さんです(父、母、叔父すべて故人です)。最後に会ったとき、叔母がエビセンの袋を握っているのを見て、ふとこの件を思い出し、話をしてしまったのです。
 叔母は当たり前のように
「昔は、どこの家でも造ってたけどねえ。もうないだろう」
 と言うのです。
「ベンガラだっけ?」
「そう。水銀使うからねえ、紅殻って言うんだけど、酷いことしたもんだねえ」
 つぶやくように言ったとたん、首をふって、後はだんまり。その後すぐ、亡くなりました。
 諏訪地方の出身のかた、20数年前は当たり前の風習だったらしい、紅殻というものをご存知なですか?
 

助けてください!町がカルト集団に占拠されました。

1まーくん(東京在住・24歳):2000/08/04(金) 00:56
私の田舎で山梨にある町なんですが、カルト集団に乗っ取られてしまいました。
○済○理という宗教なんですが(報復が怖いので伏せ字にしておきます)町の自治権が奴らの手に渡り、奴らの都合がいいように町の金が使われています。
というのは、町のほとんどの人間がその宗教にはいってしまい、そのため町会議員のほとんどがその集団のメンバーで構成されているからです。
勧誘活動も活発に行われているのですが、入信しない者はいじめにあい引っ越しを余儀なくされているのが現状です。
また、盆踊り大会や子供会での催し物などの以前から行われてきた行事が廃止され、そのかわり彼らの宗教行事が行われていて町は異様な雰囲気になっています。
子供達に至っては綺羅星大会という謎の宗教行事に強制参加させられていて洗脳され、見るに耐えません。
そこには私の両親と妹がまだ住んでいるんですが、我が家は低所得で引っ越すことができません。
最初は5000円もする会誌を買うなどして誤魔化していたのですが、そのうち父の収入が減り買うことができなくなりました。
そして、入信を迫られるようになり、断ったために町で孤立してしまいました。
そのため彼らからいやがらせをうけるようになりました。
わざと隣の家で祈祷を行ったり、家の前に腐乱した魚の死骸を置かれたりしました。
最初は耐えていたのですが、母のことを物を盗む癖があると噂をたてられたり、妹が学校でいじめに遭うようになり見逃すことができなくなりました。
私は最初彼らに抗議をしていたのですが、事実無根だと言われ、逆にいやがらせがエスカレートしてしまいました。
私はその後マスコミにFAXを何度か送って取り上げてもらおうとしたり、法律事務所に相談に行ったりしましたが、有効な手段を打てずにいました。
結局今は家族の引っ越すための費用を稼ぐため、倹約などをして家族に仕送りなどをしています。
しかし、田舎では今でも家族がつらいいじめにあっています。
どうか家族を救うためにみなさんの知恵を貸してください。私の両親と妹を助けてください!

かなりやばい集落見つけました。

1マウンテンバイク:2000/07/01(土) 06:15
宮崎県に住むものなんですが
先日かなりすごい集落を発見してしまいました
先週の土曜日に友人と2人で、サイクリングに行った時でした。
その日は、今まで行ったことのない方ない方へと道を進んでいこうということになったんです。
たぶん場所としては、青島から、北郷町あたりだと思うんですが
道がどんどん狭くなってきて、まず、舗装された道がなくなり、電信柱がなくなり、、、と、どんどん山奥の方に入っていったんです。
2時間くらい入ったところで、道が、2手に分かれていて、一方が、なぜか立ち入り禁止の看板があったので、何も考えずにもう一方の道に進んでいったんですが、
それが間違いでした。
その時気づけばよかったんですが、そのときの私達は、散策に夢中でそんなことそっちのけでした。
だって、普通そんなところに看板なんて普通ないですよね。
数十分くらいたったとき、なんかとっても嫌な雰囲気を感じたんです。
友人もなんかやばいところに入って来てしまった、といっていました。
だって、着物(振袖)が、そこらじゅうに捨ててあるんです。
そこで、私達は、立ち止まったんですが、なぜか行ってみようということいなったんです。
そこからすぐでした。
ものすごく、というか、この時代にというべきかもしれないんですが、
廃墟のような家が、4軒あったんです。
これはやばいと思った私達は、引き返そうとしたその時、
かさかさ、と、おとがして、見ると、髪がぼうぼうのおばあさんが、
こっちを見てました。
冷静さを失った私達は、逃げるようにしゅっぱつしたんですが、
後ろから、なんていっていいのかわからないような、声が聞こえてきましたが、
それどころじゃなく、アスファルトのあるところまで、一目散に逃げてきました。
本当に怖い経験でした。
今日、その友人ともう一度、そこにいってみます。
新しいことがわかり次第、報告します。